『仮葬』

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▼作者名/サークル名:Red Tail Cat
▼発表形態:同人誌
▼判型:文庫版136P
▼登場キャラクター:二ツ岩マミゾウ 本居小鈴
▼ジャンル:恋愛小説
 
 スポイル注意! ネタバレを連呼しています。

 

 佐藤厚志、愛を語る。

 
 スティーヴン・ウィリアン・ホーキン先生の「ホーキング、宇宙を語る」という本の、この題名を知らない人はいるだろうか、いないだろうか。それは解らないが、恐らくこれを読んでいる人の中にも、読んだ人は一定数いるのでないかな。このレビュアもまた、なにかの機会にそれを読んだわけだけど、残念ながら残っているのは「宇宙の温度は背景放射3K」という半端なうんちくだけで、あとは見事に消失、すなわちバニッシング。ちょっとむつかしかったのかも。さてでは、みんな大好き佐藤組長が愛を語った本書の感想はというと、「二人が幸せになれてよかった」という幸福な読後感がメインで、残りは見事にバニッシング。
 しかして左様、この物語を読み解くうえで、大事な点はふたつある。
 ひとつは、愛しあう二人が結ばれて幸福になったという事実。
 もうひとつは、バニッシングということ。
 まず、幸福について。この物語はさっきからしつっこく述べているように、愛する二人が幸福になる物語である。そう、人によっては"スーパーレズ"と形容する強力な『愛』に基づき、そう! 装薬により撃ち出されるプロジェクタイルのような『愛』に基づき、二ツ岩さんは少女の手を取り逃げて逃げて逃げて逃げて隠れて隠れて隠れて隠れて、無数の人々が営む無数の生活と幸福の中に自らの幸福を潜り込ませることに成功した、という、正統かつ上質な青春純情恋愛幸福物語であるということを、認めること。それがひとつめの鍵。
 そしてもうひとつ。この物語は、なにもないところに塗りたくられた、少女のあこがれ、願望、嘘、ひっくるめて幻想に端を発した……バニッシングを起発点とした物語であるということ。二ツ岩さんは、この、本居小鈴という少女の根拠なき、ワニスのように、バーニッシュのように薄っぺらい、記憶のバニッシングエリアに挿し込まれた幻想によって走りはじめ、遂にゴールテープを引き千切っている。因がたとえバニッシングであろうと、愛するふたりは容易く幸福というやむにやまれぬ果を得てしまう。
 
 とどのつまり、そういう『幸福になる物語』なのだから、その面白さというのは、並居る障害を乗り越える過程に析出するもんであろう。実際、無論、愛が幸福を生産するまでに、幾重もの障害があった。同性愛者を囲んで棒で叩く幻想郷、積極的にパニッシュに行く圧倒的暴力者と絶対的暴力者レイマリ、極寒の冬と線の細い少女、そして郷愁。
 いま、世界の神様のどれだけが同性愛を肯定しているかは知らないが、幻想郷とは現実にある「どうしようもないこと」を神様が助けてくれる一方、とりもなおさず、裏を返せば、神様がいるがゆえに、神様にもどうしようもないこと、を、率直に突きつけてもくる。幻想郷は停滞した社会だ。余剰がないがために、個人の自由がない。それだけならば、ただ定量的な問題だ。だが幻想郷には先に述べたように秩序の維持機構が存在し、その官僚たちはターミネーターよろしく同性愛者を狩りに来る。いずれにせよ、愛し合う二人は母社会への抵抗を余儀なくされ、都会へと、余剰のある土地へと逃げる。実にドラマチックであり、ロマンチックであり、カタルシスに溢れている。個人的にはカリフォルニアまで逃げて欲しかったけどねー。気候が違い過ぎるからなー。そしてこの時すでに、バニッシングは遠いプロセスの彼方。あってもなくても同じ物に成り果てている。総じて、そのように、愛し合う二人が抵抗し自由を勝ち取る過程を楽しむものと考えていいだろう。その意味で、実に上質であったわけである。
 
 メロドラマは愛し合う若い二人が情熱的に結ばれるまでを描くが、その先の長い人生で両者が幸せに生きていけるかどうかは解らない、という、警句というにはいささかオッカム足りないことを言ったのは誰だったか忘れたが、その意味でも本書は幸福を持って補完している。しかし読んでいる間は実にヒヤヒヤさせられたので、決して退屈はしない。その意味で、よく練られた伏線の張り方を、していなくもない。
 
 さてでは、そろそろまとめよう。仮に。この物語から「愛する二人が幸福になる」を磨き落としていったら、すなわちバニシングしたら、なにが残るだろう。独立闘争? リベラル? 都市生活が担保する自由? いいや。ここまで散々、愛し合う二人が幸福になって最高! と高揚していた憐れな萌え豚(ちなみに筆頭は俺)に対する、客観的な(あるいは一定に女性視点からの)批判。野郎が理想として頂く『愛』を解体して、そのはらわたを見せること。強烈な、皮肉が残るのである。するとだな、あぁ、やっぱ同性愛は、百合は最高だな、と思うしかなくなるわけである。スーパーレズ万歳。マミ鈴末永く爆発しろ。ちゅっちゅしろ。子供作れ。三人くらい作れ。ヒャッホウ! この本、オススメだぜ!