『秘封南蛮』

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▼作者:神山うつわ氏
▼サークル:閉鎖病棟
▼発表形態:同人誌 2012年11月4日発行 (コピー本 12ページ)

 

 今回レビューするのは、「秘封南蛮」。神山うつわ氏作によるコピー本である。本文は12ページと大変短い。 概算であるが、おそらく5000字~7000字程度ではないだろうか。全文はピクシブで読むことができるので、良ければ一読してみてはいかがだろうか。
 
 内容はメリーと蓮子がカレー南蛮を食べるが、その中に封獣ぬえがいるという話である。描写は主に、カレー南蛮の中にいるぬえの思考と、カレー南蛮の美味しさと、カレー南蛮を食べるメリーが可愛いということで占められている。この三点について、一つ一つ論じて行きたいと思う。
 
・どうしてぬえはカレー南蛮の中にいるか
・カレー南蛮はどうして美味しいか
・メリーはどうして可愛いか
 
 今回の論点はこの三点である。
 
 
 
 前提として、蓮子とメリーがいる未来の京都では、技術の進歩により、バイオ合成食材で、指先一つで自動調理ができる。その為、天然物の供給が減り、天然物で美味しい料理を出す店が減っている。
 そうした背景の中、秘封倶楽部の二人は、美味しいカレー南蛮の情報を得、カレー南蛮を食べに来る。
 
 本文中でカレー南蛮とカレーうどんの違いについて、こう述べられている。「カレー南蛮はカレーそばとカレーうどん、どちらも含まれるの」「あとはネギ、大阪難波で採れたネギがナンバと呼ばれていたの。それが訛って南蛮になったという事らしいわ。(中略)江戸時代、唐辛子やネギのことを南蛮と呼んでいて、まぁ要するに大事なのはネギね、カレーうどんはタマネギでもなんでもいいらしいとの事よ(中略)それじゃあ、カレーうどんはネギが適当でも良くて、カレー南蛮はネギに拘りがあるという事なのかしら?」
 カレー南蛮をカレー南蛮たらしめるのは、ネギの有無である、ということだ。文中で、蓮子はカレー南蛮にネギを入れ、メリーは入れない。つまり、蓮子がネギを入れた瞬間、メリーのうどんはカレーうどんに、蓮子のうどんはカレー南蛮に分かたれたのである。
 更に「そもそもカレー南蛮を最近見かけなくなったけどね」という文章があり、メニューにはわざわざカレー南蛮と書かれていることからして、この作品でカレー南蛮は秘封倶楽部が扱うべきオカルトなのであり、既に消えてしまった……幻想入りしたものだ。消滅したはずのカレー南蛮が、蓮子の器にのみ蘇るのである。
 そして、封獣ぬえがカレー南蛮の中にいる理由も、これで自明である。カレー南蛮を境にして、ぬえの身体は現実に現れてしまったのだ。カレーうどんとカレー南蛮を分けるものとしてネギが扱われている以上、ぬえはネギである。蓮子にとっては、ぬえの存在は正体不明の能力の発露によって、牛か何かの肉として見えているようだが。
 そして、カレー南蛮が美味しい理由である。ぬえはいささか正体不明ではあるが、天然物の食材である。ぬえの存在が、カレー南蛮の中のスパイスとなって、味わいとなったことは間違いないであろう。
 メリーが可愛いことに描写が割かれている理由については、今回は分からなかった。カレー南蛮と銘打たれてはいるが、ネギの有無がカレーうどんとカレー南蛮を隔てているなら、メリーには境界は見えていない。推測になるが、本文中で、「とてもお腹が空いたメリーはカレーうどんに釘付けで目がキラッキラしている」と蓮子は、メリーに対して魅力を見出している。それはメリーがカレー南蛮に心を躍らせているためで、本来失われたオカルトであるカレー南蛮を目の前にしている感動で心を躍らせている、と考えることができるかもしれない。
 
 本文を読み物として、さらっと読み流すものとして読むならば、物語的に大きな展開もあるわけではなく、唐突に始まって唐突に終わる感じがある。だが、短い文章の中に必要な情報が散りばめられていて、それがこの作品に不思議な魅力を与えている。
 また、福岡太朗氏の可愛らしく、雰囲気のあるイラストが、この冊子にいっそうの魅力を与えている。