『星空の記憶』

▼作者:空星ながれ
▼発表形態:同人誌
▼判型:文庫本 282ページ
▼登場キャラクター:宇佐見蓮子 マエリベリー・ハーン 岡崎夢美 北白河ちゆり 八雲紫 八雲藍 橙 八坂神奈子 東風谷早苗
▼ジャンル:群像劇

 

 

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 ざっくりと言えばこの話は秘封倶楽部の誕生秘話(+α)を描いたものになるんですが、文章全体(特に後半)のテンポが良い。難解な表現や固い言い回しが少ない、というかほとんどないからでしょうか。物語の概要はかなり早い段階で掴めるので、結末を予測するというよりは読み込んでいく過程、物語が進展すること自体に面白さがあると思いました。

 舞台設定について。趣や雰囲気などの「理屈でない理屈」が淘汰されつつある時代(P26より)で話が展開する訳ですが、この時代において人間は得てして分からないことを「偶然」と片付ける(P78より)ことがあるそうです。「理屈でない理屈」は、(物理的にではなくとも)存在はするのだろうけど説明が出来ないもの、言葉として定義は出来ても、その実質を一通りには捉えられないもの。現代ではそういう認識が主立つので、「雰囲気」が完全に失われた世界にもはや人間は存在し得ない印象があります。そういう意味で、「現実にあるもの」(P31より)つまり「理屈である理屈」にしか目を向けない群衆の中で、「雰囲気」の淘汰に気付く蓮子は、始めから幻想に答えを見つけることになっていたのかもしれません。必然的に。

 また、先述した、「人々は分からないことを偶然として片付ける」というのも彼らと蓮子の対比を成していると思います。彼女にとって、「分からない」ことはもちろん説明出来ませんが、「説明出来ない」ことが必ずしも分からないとは限らないのです。無機質な人々にはない、「感性」があるから。夢美が「説明できないこと」ではなく「分からないこと」と発言したのは、「蓮子には当てはまらない」ということのない、一般論として述べる為の配慮からきたのだと思います。と同時に、その配慮が出来る夢美も、実は蓮子と同じ側の人間であるということを示唆しているのだと思いました。

 思えば、夢美曰くこの世界は一種のだまし絵みたいなもので、これと思ったらそうにしか見えない(P14より)とのことですが、裏を返せば「これはだまし絵だ」と気付いた者は別の見方が出来るということ。貴婦人はライオンに。ツボは顔に。そして、現実は幻想に。自分と同じ程賢い蓮子なら、この真実に気付けるだろうと踏まえての夢美の発言だと考えると、超かっこいいですねw 更にこの時点でフラグを立てていた(?)空星ながれさんには平伏せざるを得ません。

 あと設定としては、あとがきにも書かれてますけど、確かに色々と驚かされました(特に蓮子の目についてのP88辺りの設定など)。でも、その設定を読者に自然に馴染ませる為に徹底的に仔細まで描かれているので、やはり流石でした。

 心情描写について。十にして数学や物理学等を極めた神童であった蓮子なら、心の底に相当ストイックな部分はあるのだろうと予想していましたが、妖精を独占して優越感に浸ったり(P112より)、「これで見返せる」と考えた(P122より)のには、ある意味裏切られたと言えるでしょうか。優越感はまだしも、P31の教授の発言には蓮子も「間違っていない」と理解したはず。根拠のない批判に糾弾するのはいいですが、正論によって致命的な部分をつかれたとはいえそれを見返そうとするのは、この舞台設定においては余りにも科学者らしくない。(※)最後まで読んだ今だからそれも一つのフラグになっているのだと分かっていますけど、読んでいる最中はやきもきしていましたwその為、蓮子にはメリーのように「幻想に生きる覚悟」がないんだろうな、とP128くらいまで思ってたんですが、その数ページ後に見事にまた裏切られました。メリーの抱えていた苦悩に気付く蓮子、ここから蓮メリが始まると同時に秘封倶楽部らしくなっていったように感じました。「どんな評価や名声よりも、この少女に認められることが何よりも嬉しかった。」(P243より)なんてもう完全にキマシタワーでしたねw…まあそれはともかく、蓮子の心の微細な揺れがしっかりと伝わる良い表現ばかりでした。

 世界の秘封を開ける、秘封倶楽部(P272より)。知識に貪欲な人々の手にかかった未知という名の幻想は、食いつくされてしまう(P128より)し、かと言って保護なんてできはしない(P258より)。だから彼女らは幻想を探し出し、それを心の中に秘めゴトとして封じるのだ思います。それこそ「テセウスの船」(P200より)ではありませんが、現実に然るべく存在する「未知」の全てを異なる客体の「未知」に置き換えた時、その現実は元の客体にとって「幻想」となると思うのです。だからこそ、秘封倶楽部は、想像によって「偶然」幻想を作り上げ、秘封によって「偶然」幻想を幻想たらしめる。紫が言っていた(P268より)のはそういうことなのだろうと自分は解釈しました。本当のところは紫、もとい、空星ながれさんのみぞ知る…!

 ふーかでぃあさんの絵も相変わらず素敵なんですが、今回は挿絵を入れるタイミングがとりわけ良かったように思います。ここぞという場面で挿絵が入ってくると、おお…ってなりますよねw 挿絵の枚数も程よい感じで嬉しかったです。少なすぎると絵自体を楽しめないし、多すぎると絵が桎梏となって想像の方向性が固められてしまうので。

 とても良い本でした!

(※)蓮子の心情について。空星ながれさん曰く、あの表現は「話の流れを汲むためと、『共感』というテーマを重視するため」に入れたとのこと。確かにこの文章によってそれまで若干浮世離れしていた蓮子の印象が「普通の子」としてぐっと読者に近づいたし、敢えてこの場面で読者に違和感を抱かせることで物語をスローリードさせ、テーマを際立たせることに成功しています。流石です。